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品ある王宮
日本から来た友人たちを案内して王宮とシルバーパゴダへ。

王宮前広場は何度となく訪れているが、中へ入るのはわたしもはじめて。
今もなお、国王や前国王の王妃が住まわれ、執務も行なわれている王宮の、
なんとオープンなこと。

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   風格ある「即位殿」         王宮行事では曜日により衣装の色が決まっている

王宮の隣は、王室の仏教行事が行なわれるシルバーパゴダ(寺)
ガイドブックによれば、周囲の回廊には、
600メートル余りにもわたり壁画が描かれているというが、
修復中とかで幕が張られていた。

       お願いしてちょっとだけのぞかせてもらった壁画。
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【2015/01/27 17:26】 | 街あるき | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
楽器はじめました!
何かこちらの楽器を習ってみたいな、とずーっと思っていましたが、
やっとその機会を得ました。

胡弓のようなのや、琴のようなもの、それぞれに味があって興味をそそられます。

P1210956_convert_20150121163635.jpg   


 どの楽器にしようか迷ってしまいましたが、
 以前フルートを趣味程度に習っていたので、
 帰国時に持って帰ることも考えて、
 縦笛を習う
ことにしました。
 「クロイ」といいます

先週からはじめて2回目の今日、
注文していたマイクロイがきました。

「OM TOUK」を練習しています。ボート祭りの曲です。

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    洋琴「クム」           胡弓のような「トロー」
    

【2015/01/21 17:08】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
バブル真っ最中?
アパートメントから2ブロック先の雑貨屋さん。
ほんの数回、買い物に行った程度だが、
前を通ると、店番のおじさんがいつもにこっと笑いかけてくれていた。

が、昨年末、日本から戻ってくると、店のシャッターが閉ざされていた。
どうやら店じまい、となったようだ。(あまり客がなかったのも確かだが---)
シャッターが閉まったままの日が続き、そして昨日。
シャッターのあがった店と奥に続く家はリニューアル中で、
「FOR RENT」の張り紙が。
おじさん一家はどこへ引っ越していったのだろうか。

こちらに来て9ヶ月の間に、
アパートメントの周辺はずいぶんと様変わりをした。


おじさんの店や家が賃貸になったように、
何軒かあった空き家がきれいにリニューアルされて、
ここにも「FOR RENT」の紙がでんと張られている。

角の家は、インターナショナルスクールになってオープン間近だし、
そのお隣は、足のマッサージ屋さんとゲストハウスに。
何やら怪しげなラウンジも出来たし、海鮮レストランやカフェ、美容室も出来た。
壊された家の跡には、中古品を扱う大きな倉庫が建った。

どんどん古いものが壊されていく感じだ。

アパートメントの屋上にあがって、周りを見渡してみた。

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何と、グリーンの幕を張った建設中のビルが30いくつもあった!
一体誰が入るんだろうか。

すごい勢いで変わっていくプノンペン。
バブル真っ最中なのか。                                 
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でもそれら底辺を支えている人たち---。
路上や建設中のビルで
生活している人たちが増えたのも確かだ。
格差もどんどん広がっていくようだ。




【2015/01/19 17:58】 | 街あるき | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
解放記念日
1月7日は、ポル・ポトの虐殺政権からの解放記念日でお休みでした。

テレビでは、ポル・ポト政権下での悲惨な強制労働の様子や、
クメール・ルージュの撤退後、
解放された人々が列をなして歩く姿が何回となく流されていました。

200万人にもせまるといわれる(それ以上かもしれませんが)人々が、
ただ、知識人だからにはじまって、
何の理由もなく(としかいいようがない)虐殺されていった時代。
1975年から79年まで。たった4年間にです。

理由もなく奪われていった命。伝統文化や教育も奪われました。
いま、特別法定では、
クメール・ルージュの最高幹部たちの責任を追求する裁判が進行中です。

わずか40年にも満たないその前に、起きたこと。
こちらに来てから多くの本を読みましたが、
読めば読むほど、知れば知るほど、
多くの何故、疑問が広がっていきます。

実は、すぐ近くにトゥールスレン博物館(強制収容所)や、
キリングフィールドもあるというのに、まだ行けずにいます。

ここで生活をしていると、
失われたものの大きさとともに、
再び取り戻すことの難しさを感じずにはおられません。


【2015/01/09 14:59】 | 暮らし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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